1年間ありがとうございました。

  • 2019.03.31 Sunday
  • 10:04

平成30年度 大村商工会議所青年部 第40代会長の田中秀和です。 
これを申し上げるのも、いよいよ本日が最後となりました。 

思いは文字では伝わらない(伝わりにくい)、と分かってはいるものの、気持ちを形に残すという意味で、私の1年間の思いと期待を記述いたします。 

今年度は委員会組織と実行委員会組織のダブル組織での動きということで、大変ご負担をおかけした1年でした。ありがとうございました。 

役員会の委員長は全員新人にする!というのは当初から決めていました。会としての底上げが必要だと感じていたからです。 
そういう意味において4人の新人委員長、またその委員長にお力添えをいただいた副会長の皆さまには感謝申し上げます。 


「地域花いっぱい委員会」 

「花トーーク」からスタートした委員会。中山副会長・田中誠太朗委員長のコンビは「ド」が付くほどの真面目で強固な関係性でした。小林県議が絡んできての県との折衝ごとは本当に大変だったと振り返れば思います。議事録の徹底は素晴らしすぎました! 

「みしまフラワーフェスタ2018」では雨が降るか、降らないか、ドギマギした中での運営準備でしたが、「やる!」と覚悟を決めて伝えたものの、内心では冷や冷やしたのも事実で、結果として少しこじんまりとはしたものの、開催することが出来て本当によかったと思っています。 
3月31日の年度末最終日での開催(ネームプレート)、さすがです!最後まできっちりやる姿はある意味"伝説"だと思っています! 

谷野(長崎空港花いっぱい)実行委員長には3年間担当いただきまして、本当にありがとうございました。ミスター空港とはあなたのことです! 


「ふれあい拡大委員会」 

朝長副会長・為純コンビによるふれあい拡大。役員会最初から飛ばすような形で他の委員会を引っ張っていただきました。 

会員拡大事業を為純にしてよかった。と思ったのは葬儀という仕事上、会員拡大=営業をしたことがない…という部分に気づいた時でした。やったことないことに挑戦することが大事な会であるからです。良い経験ができたのではないか?と自負しています。 
為純は人を明るくする才能の持ち主です。これからに期待しています! 

朝長副会長には渉外理事を兼任いただき、卒業生にも思い出深い「YEG全国大会・宮崎経由 菊池大会」になりました。私も渉外理事やったので大変さは良く分かります…。段取りから準備まで、本当にありがとうございました。 


「未来構築委員会」 

野島京副会長・瀬尾委員長コンビ。瀬尾委員長は今年度イントロダクション(入門編)としての1年でしたよね? 
ビビらず積極的に取り組む姿勢の大事さというのは、肌で理解できたと思います。是非あと数回委員長をしてスキルアップに繋げていただきたいと思います。 

筑後に直接行ったのはさすがでした。コミュニケーションとして直接話法に敵うものはありません。若者はここを簡潔にしようとする方向ですが、大事なものは何か、心を動かすものは何か。分かったのではないですか? 
瀬尾君のこれからに大いに期待します! 


「大村よかとこ発見委員会」 

竹中副会長・柿山委員長。柿山委員長は今年1年で大きく変わったなーと感じる1人です。 
最初は戸惑っていましたが、委員会メンバーの協力もあり、「知って得する大村検定」を開催して、顔に自信が漲っていくのを感じていました。 
竹中さんが会長をするなら…・お世話になったから…、と気持ちを気持ちでお返しすることに対して心から敬意を表します。委員長を2年連続行うのは、自分の知っている人の中で初めてです。やろうと思っても中々できないことですよ! 

竹中さんはいよいよ会長としての1年がスタートしますが、単年で終わるので、すべてがワンチャンスという中々難しいところもあり…。私も直前の会長経験者として全力でサポートさせていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。 

役員ではないですが、九青連九州スクラム絆委員会に出向した山亮輔くんにも感謝です。若手に是非体験して欲しいと思い、私が出向どうだろうか?と直接打診したところ、不安はありながらも引き受けてくれました。この1年で飛躍的に成長したと思います。本当に嬉しいです。次年度委員長も期待しています! 

永尾さん・平野さんには卒業年度に無理言って監事を引き受けていただき、ありがとうございました。ズバッとくる意見に対して初の委員長4人はドキドキしていたと思います。二階堂専務もかな…。 



40周年記念事業実行委員会では、中堅経験者以上の方々を中心に組織しました。主体的な取り組みが多く、ゴールが見えないまま進んでいく…というところで、皆さんの能力を如何なく発揮していただきたいというのが思いでした。 


「事業部会」 

吉原副実行委員長・岸川部会長の同級生コンビ。同級生なのに姐さん女房的に尻を叩かれながら進んでいく様は、ある意味…予想通りでした。 
当初はタモリ…とか大きなところからの協議ごとでしたが、講演会という形式からそれを取り入れつつディスカッション…という今までにない新しい形を生み出したことは、これぞYEGらしい活動だ!と感服しました。色々行政との折衝ごとなど、悩ませることが多い部会であり、大変ご苦労おかけしました。 
吉原副実行委員長は委員長同期であり、よき理解者として心の支えになりました。役職を引き受けてくれてありがとうございました。 


「広報部会」 

芦塚事務局長兼副実行委員長、近藤部会長。近ちゃんは35周年以来、事業所組閣が変わった関係もあって役員をしにくい状況になっていましたが、秀和チルドレン(副会長時の委員長)として絶対に組織に入ってもらうことは決めていました。また、英生の結婚式の時の動画を作ったということで、35thの時はコンピュータスキルを上げるというのが命題だったのに!と驚き、この能力を発揮いただきたいという思いから広報部会の部会長をお願いしました。 
芦塚副実行委員長の責任深さと近藤部会長の情熱とが、深夜遅くまでかかる作業に対して覚悟を持って取り組んでいけるところだったではないでしょうか。校了間近は本当に昼間の仕事にも支障が出るくらい毎日3時を越える作業いただいたことには心から感謝申し上げます。英生も良い記念誌を作ってくれてありがとう!! 

芦塚副実行委員長には本役員の事務局長も兼任いただき、仕事的にも忙しいタイミングでしたが、キツさを微塵も出さずに全うしていただきました。芦塚くんも委員長同期として心を許して信頼できる人物でした。今後の活躍に期待します!ありがとうございました。 


「式典部会」 

秋寄副実行委員長・立石部会長の生真面目ではあるけど不器用なコンビ。場所は決まっていたけど、何をするか?という創造のところで苦労されました。「感謝を伝える」と簡単で大変難しい命題。紆余曲折はありましたが、しっかりと結果を残しましたよ!参加いただいた方からの評価が正にそれです。 
式典前1ヶ月は睡眠も削っての作業になり、ご負担をおかけしました。本当にありがとう。 
立石部会長は今後一緒に活動できないのが非常に残念です。しかし、ここで体験したこと・学んだことは必ずや今後の人生に活きてきます!一緒に40周年を経験した盟友です。落ち着いたらYEGに遊びにきてね! 
秋寄副実行委員長は年々メキメキと成長をし続けています。九青連出向も自ら手を上げるなど、貪欲さと積極性はYEGイチではないでしょうか。今後の活躍に期待します! 


「企画渉外部会」 

為永大部会長。2年前の準備室からのお付き合いです。沖縄姉妹縁組についての段取り準備、ありがとう。「沖縄楽しかった!」という気持ちが生まれたので、今後も続く沖縄との関係性に対して安心できました。 
新幹線アクションプランについては全くのゼロベースからの話でしたので、いつも頭を悩ませてしまいましたね。ジョイフルでの陰々滅々とした思い出は一生忘れられません!為ちゃんは伸び代がまだまだある、奥に秘めたポテンシャルがあるので、今後もっとYEGで爆発することを願っています! 


樋口監事の推薦で入会しましたが、とうとう会長職までやりぬくことになりました。入った当初は全く思わなかったですが、やはり朱に交われば…で、周りの熱い気持ちを持った先輩たちの影響は大きかったです。実行委員会でも的確なポイントをついてくるので大変頼りになりました。ありがとうございました。 


野中監事は会長になる数ヶ月前に「やる気ないならやめんね」と叱られたのを昨日のように覚えています。やろうとする方向性は持っていたものの、形として会員に伝えられない不甲斐なさ、能力のなさに自己嫌悪しました。しかし、逆にバネとなり4月を迎えられたことには感謝しています。言い合う時は言う。しかし、終わったらノーサイドというYEGの素晴らしい体制も勉強になりました。ありがとうございました。 
九州スクラム絆委員会出向も全部参加いただき、また亮輔を牽引してくれて感謝しています! 


本澤崇直前会長・アドバイザーは自分より後に入会したのに、スコーンと先に抜かされました。情熱的ですが思慮深く、設計者ってこうあるのかな?とも感じた次第です。直前という立場でしたが、フライヤーの依頼がたくさん来たのは皆からの信頼も厚さを物語っています。直前会長として色々とアドバイス・ご教授いただきありがとうございました。 



3人4脚で進めてきた二階堂専務理事兼40th会計と野島京実行委員長兼副会長。間違いなく今年1年、家族よりも一緒にいた時間が長かった2人です。 

京介には実行委員長になってもらうべく、2016年11月13日の料飲業組合の「ORK MUSIC FESTA」の時に打診したのを今でも覚えています。2年半前になります。 
そこから40th準備室〜実行委員会へと進むのに、暗中模索とはこのことだ…という位、先に光の見えないトンネルを為ちゃんと共に進んでいきましたね。 
しかし、やっている方向は間違っていない!ということを常に話をしながら進めてきて、何とかゴールの光は見えてきて、会員に「こっちがゴールよ!」と道標を伝えること、また架け橋として繋げられたことは、本当に良かった!と思います。 
2年半、お付き合いいただき、本当にありがとうございました。 


二階堂専務理事は、歳が若いので先輩に対してやりづらいだろうな…と懸念していましたが、全く心配無用の名采配振りでした。 
いつも先手先手を打ってくれて、話が来るときは判断をするだけという状況を常に作り上げてくれました。 
言葉は良くないですが、専務理事はカバン持ちという表に出ない役職ではあります。しかし、専務理事の重要さは会長が一番分かります。本当にご苦労様でした。ありがとうございました! 
今の年齢での能力を考えると、この先末恐ろしさを感じますね…。 



〜設立40周年を迎えて〜 

40周年という節目を迎える大村YEGにおいて、後世に何が残せるか?何を伝えられるか?を、2年前の40周年記念事業準備室の時から準備室メンバーと共にずっと考えてきました。 

ものが言える強いYEG 

つまり、私たち青年経済人の団体として親会である商工会議所、大村市または長崎県に、こうしたら良くなるのではないか?こうしたらこういう効果があるのでは?と意見が言える組織になることを夢見ました。偏に「提言活動」といっても差し支えないと思います。 

これば2017年3月15日に長崎YEGの長崎市への提言式を京介実行委員長と2人で見に行った時、提言を受け取った田上市長がノーペーパーで25分!、提言に対する思い・長崎YEGに対する思いを語られた姿を見てそう思いました。 

しかし、いくら良い意見・提言を言ったところで、全然知らない人から意見を差し込まれても聞いてくれない…のが実情です。これは個人にふりかかる状況でも同じですよね? 

なので、まずは事業等を通して一緒に汗をかいて信用を得ることが必要ではないか、と思いました。 

そこでタイミングよく現れたのが「九州新幹線西九州(長崎)ルート」=「大村市新幹線開業アクションプラン策定委員会」です。 

時副会頭から2017年6月29日に「市役所の人が新幹線について、若手青年に聞いてもらいたいことがある」ということでYEGとJCとそれぞれ5名位ずつ、大村市よりいらした富永参事と有川課長補佐からの話を聞きました。新幹線の駅が大村に出来る経緯、2022年に開業すること…等の話を聞き、てっきり「こういうことをするからYEG、JCに手伝って欲しい」というような話だろうと思っていたら、開業時に効果を得るための「アクションプラン」を来年度で作らないといけない!とのことで、大変ビックリし、また「え?今から??今さら??」と思ったのが正直な感想でした。 

まちづくりという観点からして、この事業はJC向きかな…とも思いましたが、JCからのアクションはなかったし、北海道新幹線のPRには函館YEGが活躍していることもあり、「よし、これやろう!」と思いました。逆に、これはチャンスである!とも直感で感じました。 

1つの事業に対してYEG、親会、行政、関係諸団体…と一緒に取り組む姿勢・体制そのものが重要であり、「新幹線開業アクションプラン」はあくまでもツールである。という認識は忘れずにいていただきたいと思います。 


YEGに携わり、「目的」と「手段」の考え方の重要性を骨の髄まで理解しました。「何のために」しているのか?という問いを常に自問自答することで視野が広がり、肩の荷が少し楽になります。これはYEGだけでなく、事業所での仕事に直結して置き換えることが出来るので、非常に重要な考え方です。 

「手段と目的」が分からない会員の方がいらっしゃったら、上から目線で恐縮ですが、もっとYEG活動に積極的に参加されてください!役員に挑戦してみてください! 
「手段と目的」の意味が分かれば、あなたも大したものです!と太鼓判を押しますよ!! 
是非、上を目指して、諸先輩に負けないように・追い越すようにクリエイト(創造)していただきたいと思います。 


結びに、繰り返しになりますが私個人的には「大村YEGには、ものが言える強い団体になってほしい」という思いがあります。 

自分たちの商売・経済・社会を良くするために行政等に進言・提言をし、両輪となって進めていく…。地域の商工会議所青年部としては究極形に近い目的じゃないかと思います。 

私は時の会長、これから続いていく大村YEGの歯車の一部として、上記の道を切り拓くため、大村YEGの躍進に向けてのパイプ役=「次代への架け橋」として、特にYEG外の行政、親会、他団体と関係を蜜にすべく活動してまいりました。 

言い方は悪いかもしれませんが、今後この関係性を上手く利用して、大村YEGの次のステージでの事業展開につなげていただければ本望に思います。 




会員の皆さまのご協力なしには成し得なかった40周年であったと思います。心から御礼申し上げ、感謝の言葉といたします。 

1年間、本当にありがとうございました!!! 


平成31年3月31日 
大村商工会議所青年部 
第40代会長 
田中 秀和

 

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